イ・サン

韓国ドラマ イ・サン ウィキペディアより詳しいイ・サン 第22代朝鮮王正祖(チョンジョ) 歴代朝鮮王の中で最も魅力ある正祖を、韓国時代劇イ・サンを通じて考証していきます

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恩全君と景嬪朴氏の悲劇

      2014/11/06

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イ・サンの父 思悼世子(サドセジャ:사도세자:1735-1762)の3番目の妃となった守則朴氏(スチク パクシ:수칙 박씨:?- 1762)は、1899年に高宗により貴人(クィイン:귀인)に追贈後、1901年に景嬪朴氏(キョンビン パクシ:경빈 박씨)に追贈されています。

彼女は恩全君(ウンジョングン:은전군:1759-1777) 李禶(イ・チャン:이찬)の母なのですが、王子を産んだにもかかわらず、なぜ宮女のままで後宮に上がることができなかったのでしょうか?

また、没年が思悼世子(サドセジャ)と同じということで、若くして亡くなっていることが読み取れますが、その理由は何だったのでしょうか?

彼女と息子の悲劇を紐解いてみましょう。

 

ピンエ(빙애)事件

まず、彼女が思悼世子の女になったことからして一大事件でした。

彼女はピンエ(빙애)という名で、粛宗(スクチョン:숙종)の第2継妃・仁元王后(イヌォン/インウォンワンフ:인원왕후)針房内人(チムバンナイン:침방나인)でした。

仁元王后は義理ではありますが思悼世子の祖母にあたります。王統を継ぐものは養子に入るため、英祖(ヨンジョ:영조)は仁元王后の子であり、思悼世子は孫にあたります。

思悼世子ピンエ(빙애)に目をつけていたものの、仁元王后が存命だったため手を出すことができませんでした。けれど、1757年に仁元王后が亡くなると、直ぐに行動に移し自分の女としてしまいます。

イ・サンの母で思悼世子 (サドセジャ:사도세자)の夫人だった恵慶宮(ヘギョングン:혜경궁:1735-1815)が書いた自叙伝的回顧録・閑中録(ハンジュンノク:한중록)によると、当時の思悼世子(サドセジャ)は、従わない宮女を棒で打ってまで強引に従わせ、自分の女にしたかと思うと、また別の宮女へと手を出すような移り気な人でした。

ピンエ(빙애)に対しても同じように暴力に訴えて手篭めにしたのかも知れません。

けれど、このことに英祖(ヨンジョ:영조)は激怒しました。一般の内人(ナイン)ならまだしも、目上の仁元王后(インウォンワンフ)付きだった内人に手を出したからです。

宮女の出自は官婢であるため、内人はある意味モノとして捉えられます。要するに、仁元王后のモノに手を付けたことをひどく咎められたのです。

思悼世子は、結局彼女を差し出すこととなりました。けれど、身代わりを差し出し本人を居所にかくまっていました。そして遂には1男1女を設けることとなります。

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通常ならば王子をなしたことで昇進し正式に後宮になるはずですが、上記のような経緯があったため守則(スチク:수칙)という宮女の位にとどまったようです。

 

守則朴氏(スチク パクシ:수칙 박씨)にはさらなる悲劇が待っていました。1762年は思悼世子(サドセジャ)の没年でもありますが、このころの世子は精神に異常をきたしていました。

そして、あろうことか彼女に刃を向け亡き者にしてしまったのです。思悼世子が内人(ナイン)を殺したというのは有名なエピソードですが、その被害者というのはまさに彼女だったのです。

 

悲劇はさらに続きます。

15年後の1777年(正祖1)に起きた洪相範(ホン・サンボム:홍상범)の謀反の際に、守則朴氏(スチク パクシ)の息子・恩全君(ウンジョングン)を推戴しようとしました。

恩全君はイ・サンの異母弟のうち最も年若かったため、前年に賜死した洪麟漢(ホン・イナン:홍인한)鄭厚謙(チョン・フギョム:정후겸)も彼を担ぎ上げる計画を持っていました。

恩全君はドラマにも出てくるイ・サンの異母兄弟で幼い方

そのため、危険な王族とみなされた恩全君は最終的に賜死されてしまいます。当初、異母兄弟である恩全君を保護していたイ・サンですが、臣下の進言に抗えず自ら命を断つようにと言い渡したのち、抗い命乞いする恩全君に賜死させたのでした。

子がなかったため、異腹兄の恩彦君(ウノングン:은언군)の次男・豊溪君(プンゲグン:풍계군)が養子に入り家門を存続させたことからも、明らかな罪のためというよりは、王統の安定のために殺されたといってもよいでしょう。1850年には復位もなされています。

 

ドラマ イ・サンでは、イ・サンを中心に悲劇的な境遇が語られていますが、異母兄弟やその母のほうが悲劇の主人公といっても過言ではありません。

意外と見過ごしやすい歴史の影の部分です。

 

思悼世子が王后付きの針房内人(チムバンナイン:침방나인)を我が物にしたという話、どこかで似たような話を聞いたことがありませんか?

そう、思悼世子の祖父・粛宗(スクチョン:숙종)が我が物にした女性こそ、思悼世子の実の祖母で仁顕王后(イニョンワンフ:인현왕후)の針房内人出身のトンイこと淑嬪崔氏(スクビンチェシ:숙빈최씨)です。

これも隔世遺伝かも知れませんね!

 

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