イ・サン

韓国ドラマ イ・サン ウィキペディアより詳しいイ・サン 第22代朝鮮王正祖(チョンジョ) 歴代朝鮮王の中で最も魅力ある正祖を、韓国時代劇イ・サンを通じて考証していきます

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チャン・テウは実在したのか?

   

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イ・サン第49話に登場した老論(ノロン:노론)の巨頭チャン・テウ。いったい彼はどんな人物だったのでしょうか?

結論から言うとチャン・テウは実在の人物ではありません。ドラマ イ・サンは脚本の完成度がなかなか高く、フィクションでも実在の人物だったと信じてしまうのですが、今回の49話はこの時代の歴史的知識がある人にとってはつじつまのあわないことが多いと感じた回だったのではないでしょうか?

では、チャン・テウのモデルとなった人は誰なのでしょうか?イ・サンの公式サイトの奎章閣白書(キュジャンガク ペクソ)では老論の領袖・金鍾秀(キム・ジョンス:김종수) だと推定されていますが、彼だとちょっと弱い気がします。

金鍾秀は1778年(正祖2)に流刑先から呼び戻し承旨(スンジ:승지)として6年ぶりに登用したのですが、この職は秘書ですので大権はありません。彼が派閥融和政策である蕩平策(タンピョンチェク:탕평책)の老論の領袖としてなるにはさらに十数年の時間を要します。また、儒者に大号令を行えるほど学識が高い者という条件にもイマイチ合致しません。

個人的には粛宗(スクチョン:숙종)代の老論の領袖で儒学の大家・宋時烈(ソン・シヨル:송시열)が人物像のモデルとしては適していると思います。粛宗英祖(ヨンジョ:영조)の父ですのでイ・サンの曽祖父で3代前の王です。

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宋時烈は朝鮮の儒家の中で唯一宋子(ソンジャ:송자)として「子」の字を当てられたほどの人物です。そして、彼もまた最終官職が左議政(チャウィジョン:좌의정)でした。ドラマ内でのチャン・テウの姿と合致します。

 

さて、ドラマ内では2000人の官吏を登用するということで科挙を実施しますが、チャン・テウの大号令によってほとんどの儒者が科挙に参加しないという事態が起きてしまいました。けれども、こんなことは絶対に起きえません。

老論(ノロン:노론)へは非常に有効でしょう。けれども、少論(ソロン:소론)や南人(ナミン:남인)に対しては号令が効くはずもないのです。

西人(ソイン:서인)だった老論と少論が分裂したのが1683年のことです。元々の教義が同じだからといってすでに分裂して90年以上も経っているし、その間互いにいがみ合い数えきれないほどの死者を出しています。

また、南人が大号令に従うことはそれ以上にありえません。そんな党派を超えた大号令が通用するなら、そもそも血で血を洗う党派間闘争なども存在しないでしょう。

その存在感からぐうの音も言えないほど視聴者を黙らせてしまったチャン・テウですが、冷静に考えるとあり得ない設定の人物なのです。

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