金縢之詞(クムドゥンジサ)
2019/01/16
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金縢之詞(クムドゥンジサ:금등지사)
成均館スキャンダルでは、英祖(ヨンジョ:영조)からの秘密のメッセージとして引っ張りに引っ張ったモノでしたね。
その金縢之詞(クムドゥンジサ)がイ・サン第40話でも登場しました。
実際にはどんなものだったのでしょうか?
その前に、出典を明らかにしましょう。
儒教の経典・四書五経のひとつに書経があります。その中の中国古代王朝・周について書かれている周書に金縢という項があります。
周公(周公旦:しゅうこうたん)は甥・成王の王位を脅かすのではないかとの嫌疑をかけられ、潔白を証明するために明らかにしたのが、金縢(金庫のようなもの)に保管されていた書でした。
周公は、彼の兄で成王の父・武王が生前に重い病を患った折に、「私を殺し、その代わりに兄王を助けて欲しい」と、祈りを込めた文章をしたため、金縢に収めたのでした。
兄に対して命を捧げる周公が、ましてや甥の王位を簒奪するはずがない。
このことがわかり、周公の嫌疑が晴れるのでした。
首陽大君(スヤンデグン:수양대군)に聞かせてやりたい故事ですね(笑)
※王女の男はまさに王位簒奪のお話。
※不滅の恋人(原題:大君・テグン-愛を描く)にも首陽大君をモチーフにした人物が登場
この故事のことを金縢之詞(クムドゥンジサ)と呼ぶのですが、言葉自体は朝鮮王朝実録には出て来ません。出てくるのは金縢という言葉と、それについてのエピソードです。
朝鮮版・金縢之詞(クムドゥンジサ)はというと、息子を殺してしまった英祖(ヨンジョ:영조)の後悔が綴られたもので、本家のものとは随分と色合いが異なります。
のちにイ・サンが公開したその文章に「千秋予懐、帰来望思」とありました。
かつての自分の処分が間違っていたことと、思悼世子(サドセジャ:사도세자)に対して帰って来て欲しい(生き返って欲しい)との思いが綴られていたのです。
なぜ英祖(ヨンジョ:영조)はこのようなまどろっこしい手段をとったのでしょうか?
英祖が自らの胸のうちを直接臣下に吐露してしまった場合、老論(ノロン:노론)が直接世子を殺害したと言っているようなもので、その後には命をかけた老論との全面対決、または朝鮮王朝の3回目の反正(パンジョン:クーデターのこと)が起きたでしょう。
それを回避するために、のちの為政者となる孫イ・サンに託したのです。
当時の都承旨(トスンジ:도승지)で英祖とイ・サン両者の信任が厚かった蔡済恭(チェ・ジェゴン:채제공)を呼び、史官を下がらせ金縢之詞(クムドゥンジサ)を渡し、思悼世子(サドセジャ:사도세자)を祀る垂恩廟(スウンミョ:수은묘)に保管させました。
のちにイ・サンは金縢之詞(クムドゥンジサ)を手に入れますが、いろいろな小説やドラマでミステリアスで困難に描かれているその入手方法は、実にあっけないものでした。
正祖17年(1793)8月8日の正祖実録にも記載されているように、彼の即位年に承旨(スンジ:승지)と芸文館検閲(イェムングァン コムヨル:예문관 검열)に取りに行かせ、簡単に手にいれています。
けれども、イ・サンもまた、これを以ってすぐに老論(ノロン:노론)の粛清を行うことはなく、入手後十数年経って、臣下をコントロールするための手段として小出しにした程度でした。
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