景宗の死と思悼世子 ケジャンと生柿
2014/09/28
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イ・サンの父 思悼世子(サドセジャ:사도세자)が少論(ソロン:소론)の影響を色濃く受けていた理由をドラマ イサンではあまり語られていないような気がします。
幼少の頃から少論系の学者から学問を学んだことは知られています。
けれど、英祖(ヨンジョ:영조)の兄王・景宗(キョンジョン:경종)が亡くなったのち、景宗付きの宮女たちが思悼世子(サドセジャ)付きになったことは、知られていないのではないでしょうか?
英祖が思想信条の異なる敵とも言える少論や、景宗付きの宮女を登用した理由は何だったのでしょうか?
その理由の一つになっているのが、英祖の景宗暗殺疑惑です。
以下に説明していきます。
ケジャンと生柿(게장과 생감 )
ケジャンは蟹醬と漢字で書くことからもわかるようにカニの醤油漬けで、生柿は読んで字のごとく生の柿です。
この2つの相剋は本草綱目にも載っており、どちらも体を冷やす性質があり、食べ合わせが悪く下痢を引き起こすものとされていました。もちろん、健康な人にとっては何の問題もないのですが、胃腸の弱い人が食べると著しく体調を崩すとされていたのです。
景宗が亡くなった原因とされているのが、まさにこの2つの食べ物でした。元来、虚弱体質だった景宗は、この2つを食べた5日後に亡くなっています。
そして、ケジャンと生柿を提供したのが異母弟の延礽君(ヨニングン:연잉군)、のちの英祖と言われています。(実録内で否定:後述)
さらに、具合の悪くなった兄王に延礽君は人参と附子を処方すべきと主張しますが、御医が拒否します。けれど、延礽君の主張通り提供すると一時的に回復しました。しかし、結局景宗は亡くなってしまいます。
ケジャンは当初から延礽君(ヨニングン)が贈ったと噂されており、英祖31年5月20日に謀反の罪で捕らえられたシン・チウンは「私は英祖即位以来ケジャンを食べていない。それが謀反心だ!」と言って、英祖を憤慨させています。本当の反逆者はケジャンで景宗を殺害したお前だと言っているわけです。
けれども、英祖はそのことを回顧しケジャンについて触れた時に「非東朝所送:大妃が送ったのではない」と大妃の仁元王后(イヌォンワンフ:인원왕후)を引き合いに出し、自分達ではないとしています。(東朝=大妃:当時、仁元王后は延礽君を庇護していた)
ケジャンの出所はさておき、韓方医の間でも意見がわかれるようですが、御医の李公胤(イ・ゴンユン:이공윤)がもともと毒性の強い 薬を使っていたため、老論の景宗暗殺計画の一端を担っていた可能性も否定できません。
また、延礽君(ヨニングン)がすすめた高麗人参と附子は、現在の処方と照らし合わせても悪くないものだそうです。
この暗殺疑惑を払拭するために、あえて、少論(ソロン:소론)系の教育係や兄・景宗の宮女を、息子に付けたとされています。
いずれにしても、英祖の選択はマイナスのベクトルを産み、思悼世子(サドセジャ)は反老論(ノロン:노론)の急先鋒となってしまいます。
少年期からその傾向が強かったのも、師匠となった少論系学者と、英祖に恨みを持った景宗の宮女が幼少期よりあらぬことを刷り込んでいた可能性は否めません。
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